愛奴（1）

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　それは本当に些細な戯言だった。
　持て余した性欲の処理に上級のエージェントともなれば、部下のだれを使用してもかまわない。
　だが幽鬼は女性エージェントを相手にしようとは思わなかった。
　同性に興味があるわけでもないが、もしかしたら自分の遺伝子が残るかもしれない…そう考えると女性を相手にするのは気が引けるのだ。
　だからといってしまうには短絡的だが、幽鬼はヒィッツカラルドを相手に選んだ。
　できるだけ自分と同等で、後腐れがなく、偉そうな物言いもしない相手…ヒィッツカラルドは最適な相手だった。
「お前もやるか？」
　初めて戯れた夜…何度かキスを交わし、互いの温もりを感じながら男根を弄ぶ程度の戯れが終わったとき、ヒィッツカラルドは物足りなそうではあったが幽鬼の横に寝転んで煙草を勧めてきた。
「いや、いらない」
「そうか」
　ヒィッツカラルドはサイドテーブルの灰皿に煙草をもみ消すと、そのまま幽鬼の唇に口づけてきた。
　口内へ流れ込んでくる煙草の香りに幽鬼は顔をしかめる。
　ヒィッツカラルドはそのまま唇を幽鬼の身体へと滑らせていった。
「おい、もう…」
　そろそろ別れなければならない時間のはず…そう思っていた矢先、ヒィッツカラルドは幽鬼の両足を開かせ男根を撫で上げた。
「今日の記念に」
　いつの間に隠し持っていたのか、ヒィッツカラルドの手には小さなリングピアスがある。
　それを幽鬼の男根と双球の間の薄い皮膚にやおら突き刺した。
「う…あっ！」
　鋭い痛みに声を上げ、ヒィッツカラルドを引きはがそうとした幽鬼だったがヒィッツカラルドのほうが動きは速かった。
「は、外せ…」
「そう邪険にするな。慣れればよくなる」
「バカを言え！」
　つかみ掛かろうとするより先にヒィッツカラルドはベッドを降りてしまう。
「私はもう時間だ。遅れるとおっかない策士殿に叱られるからな」
「おい！」
　しかしヒィッツカラルドは幽鬼の声を無視して出ていってしまった。
　残された幽鬼はなんとかピアスを外そうとしたが、まだひどく痛む上にどこが留め具なのかわからないため手が出せない。
　いつまでもヒィッツカラルドのベッドにいるわけにもいかないので、幽鬼はのろのろと身支度を整えて部屋を出た。


　違和感は多少あったものの痛みが薄れればあまりピアスは気にならなくなった。
　だがここ数日からひどく痛み始め、そっと触れてみれば腫れ上がっているようにも思える。
　肝心のヒィッツカラルドは任務にてこずっているらしく、まだ帰ってこない。
「どうした幽鬼」
　とうとう幽鬼はカワラザキとの打ち合わせの最中に、小さくうめいてしゃがみこんでしまった。
「い、いや、なんでもない」
「どこか具合でも悪いのか？」
「ほ、本当になんでもないんだ…」
　テレパスではないけれどカワラザキには隠し事などできない。
「なんでもない顔ではないな。正直に話しなさい」
　眼鏡を外した鋭い眼光で見つめられると幽鬼は子供のようにうなだれる。
「実は…」
　正直に話せばカワラザキはいつものように温和な顔で微笑んだ。
「なるほど。それでは場所が場所だけに医師に見せるわけにもいかんな。どれ、ワシが手当てしてやろう」
「え…」
「そのテーブルの上に下を脱いで寝なさい」
　応接用のテーブルは広く、確かに幽鬼ひとりが寝そべっても大丈夫ではあるがと少々躊躇したが、言われるままに横たわった。
「ふむ、見事に化膿しておるな。まあ、お前の話ではたいした消毒もせずに装着したのだから、当たり前といえば当たり前だが」
　自分では鏡を使っても見えず外せなかったものが、カワラザキの手で難なく外される。
　もっとも、リングが抜けていくときには激痛を伴ったが。
「ちと我慢せよ。たまった膿を絞り出してしまわねばな」
　太く無骨な指が触れるだけでも痛む箇所をきつく絞っていく。
「あー…」
　つい甲高い声が出てしまい、幽鬼はそれを堪えるように己の指を噛んだ。
「薬を塗っておくか」
「う…」
　やがて薬を塗りつけるカワラザキの指が男根の付け根をうごめくたび、痛みのせいだけではない声が漏れる。
　それが気恥ずかしくなって幽鬼は半身を起そうとした。
「じ、じいさま、も、もういいから」
「しかしこのままにはしておけんだろう。まだ膿も出てくるかもしれんし薬で下着が汚れるかもしれん。それに…」
　カワラザキはいつの間にか勃起していた幽鬼の男根を軽くはじいた。
「こっちもこのままでよいのか？痛くて触れんから溜まっておったのだろう」
「あ、あとは自分でやるからっ」
　脱脂綿で患部を押さえ幽鬼はテーブルから降りると、大急ぎで下着とズボンを身に着けた。
　それからカワラザキへの礼もそこそこに自室へ戻るとカギを厳重にかけた。
　せわしなく男根を取り出し自慰に耽る。
　頭の中に思い描いていたのはヒィッツカラルドではなく…。