身も心も
私邸のほうへ戻っていたカワラザキは、真夜中のひどい音に目を覚まし、ベルで寝室に執事を呼んだ。
「何事だ」
執事は少し言葉を選ぶように考えてから口を開く。
「幽鬼さまでございます」
「幽鬼がどうした」
「先日より、ひどく酔ってご帰宅になられております」
カワラザキはたいして興味もなさそうにうなずき、再び上掛けを手にした。
「放っておけ。あれももう子供ではない」
「かしこまりました」
幽鬼も使用人たちに迷惑はかけまいと思っているのか、酔って玄関にうずくまってしまっても大声を出して呼びつけたりはしなかった。
それにこのところカワラザキはずっと留守だったが、今夜は自室で眠っている。
万が一にも起こしたりしたら叱られるのは目に見えているだろう…そんなことを考えて、執事も幽鬼をそのままにして自分の部屋へ入ってしまった。
その幽鬼がカワラザキの寝室へやってきたのは、それから十数分あとのこと。
酔いからくる暑さのためか、上半身は裸で、手には酒瓶を持ってそれを呷りながら寝室へ入ってきた。
カワラザキは小さな寝息を立てて目を覚まさない。
幽鬼はドアにもたれてしばらくそれを見ていたが、やがて意を決したようにベッドへと近づいていった。
途中で取り落とした酒瓶が絨毯の上でゴトンと重い音を立てたが、カワラザキが目覚める様子はない。
ベッドへ上がり、カワラザキをまたぐ。
寝込みを襲っているのだから敵ならば当然命はない。
たとえ幽鬼であったとしても、手加減されなければ命の保証はないだろう。
幽鬼はカワラザキの頭の両端に手をつき、その顔をまじまじと眺めた。
「儂をどうするつもりかな」
目を閉じたままで発せられた声に、幽鬼は一瞬ひるんだ。
「儂に相手をしてほしくて、やってきたのか。だがひどい酔いっぷりだな」
ようやくカワラザキの目が開き、伸ばされた手が幽鬼の頬に触れる。
その手の大きさと温かさを拒むように幽鬼は首を振り、いつになくきつい目でカワラザキを見つめた。
「俺は…」
酒臭い息に乗せて絞り出したような声が震えている。
「俺は…だれの代わりなんだ…」
「代わり？」
意味が分からず問い返すカワラザキに焦れ、幽鬼は強い口調で言い放った。
「とぼけないでくれっ。前に…前にじいさまが俺を抱いたとき、じいさまはほかの女のことを考えてた…！」
息を荒らげる幽鬼にカワラザキはにやりと笑う。
「ああ…締まり具合を比べてたかもしれんな」
「…嘘だ…」
「嘘をついても始まらんし、ちょっと女のことが頭をよぎったくらいで寝込みを襲われてはかなわんな…それよりお前、儂の下でよがっているときに儂の心を読んだのか」
禁忌を破ったことがばれて幽鬼は言葉を失う。
その頬を両手ではさみ、カワラザキは幽鬼の唇に口づけた。
息が詰まるほどの激しい口づけに、幽鬼の頭はなにも考えられなくなっていった。
数分後にはふたりの位置は逆転していた。
幽鬼はカワラザキに組み敷かれ、男根に貫かれてベッドの軋みと同じように切ない声を上げている。
根元まで幽鬼の内部に突っ込んだ状態で動きを止めると、幽鬼はカワラザキの背中に指を立ててしがみつき身を震わせた。
少し呼吸を落ち着けてから、子供のように情けない顔でカワラザキを見つめてくる。
「じいさま…俺を見ててくれ…俺だけを…見ていて…」
「お前だけというわけにはいかん」
「いやだ」
今にも泣きだしそうな幽鬼の前髪をかきあげてやり、先ほどのように舌を絡めて深く口づけた。
「お前だけではない…だが、お前を愛している。それが信じられないならば…ここから出ていくがいい」
カワラザキがそのようなことを言うのは真実だから…幽鬼の閉じた目から涙がこぼれた。
「俺も…あ、愛してる…」
「そうだ、それでいい幽鬼。儂はお前を愛している」
幽鬼の細い身体を折れんばかりに抱きしめて、カワラザキはさらに大きな悲鳴を上げさせた。
酔いと性交後の疲れもあって、幽鬼はカワラザキの隣で寝息を立てている。
大きな手で髪を撫でてやりながらカワラザキは小さくつぶやいた。
「困ったやつめ…女のようなくだらん嫉妬をしおって…お前といるときにはお前のことしか考えておらんよ」
幽鬼の嫉妬心を消すように、その目尻に残る涙の痕を指で拭い去った。