第6話
その男は最上階のスイートに陣取っていた。
一泊の料金だけでも幽鬼の給料なんて軽く吹っ飛んでしまいそうな場所に、委縮してしまう。
「やあ、よく来てくれたね」
男…セルバンテスは両手を広げて幽鬼を出迎える。
幽鬼は愛想笑いを浮かべながら、カバンから口実に持ってきた商品のパンフレットなどを出した。
「あ、あの」
「無粋な子だね」
セルバンテスはそれらを手にし、そのまま部屋の屑籠に全部放り込んでしまった。
「なぜ私に呼ばれたか…わかってるだろう？こんなことを話しにきたわけじゃないはずだよ」
幽鬼は視線を絨毯に落とし、消え入りそうな声で言った。
「…なにを…すればいいでしょうか…」
「まずはシャワーを浴びて…さっきの紙屑じゃないものを見せてもらおうかな」
言われるままに幽鬼はシャワーを浴び、用意されていたバスローブをつけて寝室のほうへ入った。
別のバスルームで湯を使ったらしいセルバンテスが、一足先にバスローブ姿でゆったりとした椅子に腰かけ、ワインのグラスを傾けている。
幽鬼が、やはり視線を合わせられずに立ちすくんでいると、優しげな声がかけられた。
「脱いで…それから、自分でやってみせてもらおうか」
バスローブを脱ぎ、自分の身体を見られている恥ずかしさに、顔が赤らむのがわかる。
軽く目を閉じ、男根を握りしめるとゆっくりしごき始めた。
舐めるような視線で見られている…そう思うだけで身体が熱くなり、息が弾んでいく。
「う…あ…っ」
「もっと声を出してもいいんだよ」
「は…ああっ…」
早く済ませて…セルバンテスを満足させれば帰れる…ようやく目を開け、セルバンテスを見た。
「も、もう…いきそう…っ」
「ふふ、思ったより早いね…さあ、ここに出してごらん」
セルバンテスは立ち上がり、自分が飲んでいたワインのグラスを、幽鬼の男根に近づけてくる。
「え…？」
「かまわない」
そう言って双球を握られた瞬間、男根から精液が迸りワインの中に注がれた。
「はあ…はあ…っ」
幽鬼が息を整えながら見ていると、セルバンテスはなんのためらいもなくそのワインを飲み干してしまった。
「ふむ、いい味だ」
それからグラスを置き、少し不機嫌な表情になった。
「君とじっくり楽しみたいと思ったのに、思わぬ横槍が入ってね…君に傷ひとつつけでもしたら許さんとさ」
幽鬼の安堵はすぐに覆る。
「まったく…どちらの立場が上だと思ってるんだ」
わざと幽鬼に聞かせようとしているのではないが、つぶやきは幽鬼の耳にも入った。
万一、取引がだめになればその理由が幽鬼だというのはすぐにわかる。
そうすれば営業でもない幽鬼がセルバンテスと接触したのはおかしい話になるし、カワラザキにまで迷惑が及ぶことは間違いない…。
「あ、あの…」
幽鬼はおずおずと口を開いた。
「なんでも…します。傷や痛いことは困りますが…か、浣腸だって…」
「へええ」
セルバンテスは目を輝かせ感心したように言う。
「ふふ、上司想いのいい子だね…前に呼んだ彼は好き嫌いが激しくて、私も少々手こずってしまったが…」
たぶんヒィッツカラルドのことを言っているのだろう。
「君は素直な子らしい…それなら私も君の覚悟に誓って、ビジネスは継続するよ。そして君を傷つけずに楽しませてもらうとね」
幽鬼はベッドの端で仰向けになり、心持ち両足を開く。
その太腿を押さえながら、セルバンテスは用意してあった浣腸器の先端を幽鬼の孔に差し込んだ。
「う…むむ…っ」
おぞましい感覚に眉根を寄せる幽鬼の表情を楽しみながら、静かに浣腸液を注入していく。
やがて幽鬼がすべてを飲み込んでしまうと、浣腸器を放り出し、太腿から脇腹にかけてくすぐるように撫でていった。
「は…う…っ」
「少し苦しそうな顔も可愛いねえ…」
さらに指を孔に当ててきた。
「ああ、こんなにひくひくさせて…もう我慢できないのかな？」
「は、はい…っ…ああっ、ゆ、指、入れな…」
「慣れていないのかな？上司さんとは、こういうことしないの？」
幽鬼は脂汗を浮かべながら、セルバンテスの喜びそうな答えを発する。
「します、けど…上司は高齢ですから…玩具とか…ううっ、も、もう…っ」
「わかった、わかったよ。つまり君は本物を知らないんだね…ほら排泄しておいで。私もこれ以上は我慢できそうにないよ」
幽鬼はベッドから飛び降り、這うようにして化粧室へと入っていった。
嘘をつく必要はないと判断してさっきはそう答えた。
いずれにしても犯されれば、まったく経験がないなどという身体でないのはすぐにわかってしまう…社を出る前にカワラザキに言われた、セルバンテスを満足させる方法を考えながら、さっさと洗浄を済ませて、さっき言ったようになにも知らない顔で寝室へ戻ってきた。
「待ちかねたよ」
セルバンテスが優しく微笑みながら幽鬼を抱きしめる。
「挿れるときにはなにか使うのかな？油とか潤滑剤とか…それとも玩具で慣らしてから？」
幽鬼は微かに頬を染め、恥ずかしそうに答えてやる。
「あの…玩具を挿れられるときには…よくわからないんですが、なにかぬるぬるした…たぶんローションだと思うんです。それが入ってきて…前も弄られるんです…」
「なるほど。そうやって君を泣かせて喜んでいるんだね、あの上司さんは。ふふふ、君に挿れられないのがさぞかし悔しいんだろう」
「ときどき…あの、口に挿れられたりするんですけど、それだけで…」
セルバンテスが目を細めて、満足そうにうなずいているのを見て、幽鬼は心の中で赤い舌を出す。
「君も、本当は不満だってことだ…さあ、私がこれからこいつで悦ばせてあげるよ」
バスローブをはだけ、自分の男根を幽鬼に触れさせた。
それは、大きさこそあったがカワラザキのように硬くはなかった…幽鬼は軽く握ってみる。
「正直な話、君に咥えてもらおうかとも思ったんだが、たぶん顎を外さなければ入らないだろうし、そんなことをしたら君の上司さんに叱られるのは目に見えているからね…」
これが今から自分の体内に入ってくる…それ自体は別になんでもないことだった。
だがカワラザキ以外の男根を受け入れるという行為に、拒否反応を示してしまうのだ。
それでも…もう拒むことは許されなかった。