濡れたタイル
サニーはシャワーを止め、タイルを濡らして流れていく水を目で追っていた。
濡れたタイルが乾き、自分の身体も冷えていくのもかまわずぼんやりと考えている。
先ほどまでレッドの部屋にいた。
泊まっていけと言うレッドの言葉をごまかして、自分の部屋に戻ってきてしまったのだ。
ふたりきりでいるとき、不意に沈黙に襲われてレッドの手が伸びてこようとすると、まるで
どこからか見張ってでもいるかのように孔明からの連絡が入る。
そしてそれを言い訳に、レッドを拒んでしまっていることもわかっている。
別に、レッドとそういう関係を持つことがいやなわけではない。
「女」になったとして翌日からの生活が一変するわけでもなし…結婚するまでは清い交際を、
などと古臭い考えも持ってはいない。
ただ…怖くないといえば嘘になる。
今日は身体を許そうと心してレッドのところを訪れるのだが、やはり言葉を濁し、ごまかして、
孔明からの連絡を理由にレッドから逃げてしまうのだ。
なにを恐れているのか、と問われれば明確には答えられないが、結局自分には、そしてレッドにも
意気地がないということなのだろう。
「ふう…」
大きなため息をひとつつき、冷えた身体を温めるためにもう一度シャワーのコックをひねった。
ようやく温まった身体をバスローブで包み、濡れた髪をタオルで拭いながら寝室へ入る。
ベッドの上にレッドがいた。
「れ…！」
腕を組み無表情にこちらを見ているレッドに、かける言葉が見つからない。
「な…なにか用？」
「話し足りなかったから、きた」
その理由になんだか少しほっとして、サニーは苦笑した。
「お茶でもいれる？待ってて、着替えてくるわ」
いくらなんでもバスローブでおしゃべりというのも…と思い、服を取りに寝室を出ようと
したときだった。
「きゃ…！」
レッドに手を引っ張られ、胸に抱きこまれた。
「れ、レッドさま…」
「お前は、私がきらいなのか？」
思いもよらない言葉にサニーは抗議しようとして…レッドがマスクをつけていないことに気づいた。
素顔の…ひとりの男として自分を訪ねてきたレッドとわかり、サニーの鼓動が速くなる。
「…好きよ…大好き…」
「なら…逃げるな」
そのままベッドに押し倒し、レッドが覆いかぶさってくる。
片手で軽くサニーの手を押さえつけながら、もう片方の手で自分のスーツと鎖帷子を脱ぎ去った。
現れたたくましい胸を見ていられなくて、サニーは思わず目を閉じる。
（きっと…きっともうすぐ、携帯が鳴る…）
サニーの思いが届いたかのように、サイドテーブルに置かれていた携帯が軽やかに鳴った。
目を開け、手を伸ばすより先にレッドの手が伸びて携帯をつかみ、そのまま壁に投げつけた。
携帯は耳障りな音を立てて沈黙する。
「明日、策士に新しいのを支給してもらえ」
そう言ってレッドは唇を重ねてきた。
再び目を閉じて口づけを受けながら、サニーは心の中でぼんやりと思っていた。
（ああ…私きっと、孔明さまに助けを求めていたんだ…でも、もう…いい）
シャワーで温まったはずの肌に、レッドの熱い身体が触れてくる。
「明かりを…消さないの？」
「顔が見えなくなる」
「…月が出てるわ」
レッドが明かりを消すと室内に月明かりが差し込んできた。
「や、やっぱり…恥ずかしいから、外を見ていていい？」
ひどくおかしなことを聞いたと思ったが、レッドは小さく笑ってサニーの腕を自分の首に回させた。
「私を見ていろ…私にしがみついて、私を見ていればいい…離さないから」
もう一度キスをしてきたレッドにしがみつき、サニーはかすかにうなずいた。
「…うん…」
…夜はまだ長かった。