乱れたシーツ
携帯を壊してしまったことについては、孔明から少し嫌味を言われた。
眠っていたところへ携帯が鳴ったので、あわてて手を伸ばしたら勢いあまって壁にすっ飛んだのだ
という言い訳を、孔明は完全に信用していないようだが、レッドの存在だけは隠し遂せたようだった。
新しい専用の携帯を支給してもらい、残りの休日をどう過ごそうかと考えながら自室へ戻ってきたら、ちょうどエージェントが部屋の掃除に取りかかるところだった。
「悪いけれど今日はいいわ。せっかくのお休みだからベッドでゴロゴロしていたいの」
少しおどけてそう言うとエージェントも笑顔を返して戻っていった。
「さて、と」
本当はベッドでゆっくりしていたいわけじゃない。
この乱れたシーツと、そのシーツにわずかに残った出血をエージェントに見られたくなかったから。
「どうごまかそうかしら…」
シーツは外してしまえばわからないが、問題は血の跡。
ケガをしたにしてはわずか過ぎるし、そのケガの原因まで心配されるに決まっている。
「とりあえずシーツは外して、魔法で…」
人差し指を立てて口の中で呪文を唱えようとしたときだった。
「…痛かったか」
突然の声に振り向くと、音も立てずにレッドがやってきていた。
「れ、レッドさま…い、いつ？」
「今、さっきだ」
「ノックをしてよ」
「だれもいないようだったから入ってきた」
たぶんこの男にはどう言っても無理とわかると、サニーはあきらめてレッドを寝室から
追い出そうとした。
「はいはい。今、お茶を入れますからちょっと出ていて」
そうしてレッドをリビングのほうへ押し出し、シーツが元通りになる魔法をかけた。
ベッドは…サニーがまだなにも知らなかったころのように白く、ピンと糊のきいたシーツを
つける。
「これで、よし、と」
サニーは満足げにうなずいて隣室で待たせている男のところへ向かった。
「仕事って言わなかったかしら？」
カップを差し出しながらサニーが尋ねれば、レッドはごく普通に返事をする。
「ああ…だが任務ではない」
そう聞いて、サニーはたぶん書類整理とかそのあたりの仕事だったのだと思う。
「それなら…どこかへ出かける予定でも立てておけばよかったわ」
「私は」
言いながらレッドはサニーの頬に触れた。
「まだお前がベッドにいるかと思って戻ってきたのだがな」
「起きられないと思った？」
「…少し無理をさせたかと思った」
昨夜のことを思い出すと恥ずかしさばかりがこみ上げてくる。
「意外と…平気だった」
「そう…か」
ようやくレッドが少し笑った。
「今日は早く仕事を済ませて、できれば一日中、お前とベッドで戯れていたかったのだが」
「…バカ」
思わずレッドを叩こうと拳を振り上げたが、その拳はあっけなく捕まえられてレッドの胸に
抱きこまれる。
「お前が離れたくないといった気持ちがわかった…」
「ほんとに？」
「ああ…こうやって私がここへきたのが証拠だろう？」
レッドはサニーを抱きしめながら耳にささやいた。
「私はどうしたらいいんだろうな。この先、お前のことばかり考えていたのでは仕事にならん」
本気でそう言っているのかわからないが、サニーは耳にささやき返した。
「…ひどいわ。私のせい？」
「ああ、そうだ…この魔女め」
「…別れたい？」
「まさか」
レッドはサニーの頬を両手で挟み、目を覗き込んできた。
「だから…離れても平気なように…お前は私のものだから安心なのだとしたくて…戻ってきた」
「まだ昼間よ？」
「じゃあ夜まで待つ」
レッドがクスクスと笑う。
サニーもつられてクスクス笑いながら、また明日の朝乱れたシーツを直す魔法をかけなければならないと考えていた。