青い空（幽鬼）
サニーはひとり、広い草原に寝転がって秋の短いひなたぼっこを楽しんでいた。
目の前に広がる青い空には雲ひとつなく、抜けるような、という形容がぴったりの空だ。
じいっと見つめていると、そこが空ではなく青い地面のような錯覚に陥る。
そんな錯覚に陥ったが最後、重力はとたんに自分が寝転がっている地面にではなく、あの青い
空へと向かっているように感じてきて…。
空へ落ちていく…吸い込まれるのではなく…落ちて…どんどん…落ちていく…。
「助けて！」
思わずそう叫んだサニーの上に、どさりとなにかが覆いかぶさってきた。
おそるおそる目を開けるとそこには…
「幽鬼さま…？」
「呼ばれたから、押さえにきた」
幽鬼がはにかみながら微笑んでサニーの上にいた。
サニーが目を閉じて大きな息を吐く。
幽鬼はさすがにいつまでもこの体勢ではまずいと、サニーの横へと転がった。
「向こうへ…空へ向かって、落ちていくような感じがしましたの…」
「ああ…うん、わかる」
まだ少し息を弾ませているサニーと空を見比べて、幽鬼は目を細める。
「俺も昔、似たようなことをやったな」
「幽鬼さまも？」
サニーは身体を起こし、幽鬼を見つめた。
「ああ…俺は、月の裏側へいってしまったけれど」
そうして幽鬼は空へ向かって手を伸ばした。
「たぶん、錯覚だったんだろう。でも満月の夜に月をじいっと見ていたら、まるで月の重力に
引かれたかのように俺の意識は月へと飛んでしまっていた…ふふ、おかしな話だがな」
身体の下にあった草をちぎり、ふっと吹き飛ばす。
「月へ落ちたなんて初めてのことで、どうしていいのかわからなかった子供の俺を助けてくれたのは…
サニーの父親とその盟友と旧友だった」
「お父さまが？意外ですわ」
そのときの様子を想像してサニーはクスクスと笑った。
「もしかしたらサニーの親父さんと盟友は、あの空の向こうにいるのかもしれんな…寂しがってサニーを呼んだのかもしれん。しかし、だ」
幽鬼は指笛で蟲を呼び寄せた。
「サニーを連れていかれては俺が困る。代わりにこいつらを送るとしよう」
蟲は一斉に飛び立って青い空へと吸い込まれていった。
サニーは幽鬼に寄り添い、同じように蟲の飛び立ったほうを見つめる。
「お父さま…私たちを見てらっしゃるかしら」
「どうかな」
幽鬼はそっとサニーの肩に手を回した。
「もしも見ていたら…俺はただではすまんと思うのだが」
その言葉に呼応したかのようにうっすらと空に筋雲がわき始める。
「じゃあ、こんなことをしたらどうでしょう？」
サニーは悪戯っぽく笑って幽鬼の頬に口付けた。
空は青いままなのにどこかで遠雷が聞こえる。
幽鬼はそっと片目をつぶってみせた。
「やっぱり見てるようだ…あんまり挑発しないでくれ。俺は向こう側へ引っ張られるのはもう
御免だからな」
青い空が曇り始める。まもなく雨が降り出してくるだろう。
「ねえ、さっきの月の裏側のお話、もっと聞かせてくださいません？」
「ああ」
ふたりは腰を上げ、連れ立って消えていった。