いつもと違うにおい
サニーはレッドの私室へやってきていた。
先ほど任務から戻ったのは知っている。
報告書の提出を求めて、というのはこじつけで、本当は少しでも早く顔が見たかったから。
軽くノックをしてみたが返事はない。
ノブを回すとドアはあっけなく開き、サニーは素早く中へ滑り込んだ。
室内はというと、ドアのところからスーツの上下、部屋を横切ってスーツの下に着込んでいる
鎖帷子、そしてバスルームへと続く道にマフラーや下着が点々と落ちている。
バスルームから水音がしているところを見ると、レッドはシャワーを浴びている最中のようだ。
「まったく…そんなに早くシャワーを浴びたかったのかしら」
サニーは呆れたようにつぶやいて、点在している服を拾いながらバスルームの前までやってきた。
服をランドリーバスケットに放り込もうとして…サニーは手を止めた。
「なに…かしら…」
レッドの服から漂ってくるのは…香水のような匂い。
残月のコロンなどとは違い、忍という性質上レッドは身に香りがつくのを好まない。
そのレッドがこんな香りをつけて戻ってくるなんて…ひとつしか思いつかない。
レッドはどこかでほかの女にあって、その移り香を消したいためにシャワーを浴びているのだ。
ひと言文句を言ってやろうと、サニーは服を抱えたままでソファにどっかと座り込んだ。
やがて水音が止まり、タオルを腰に巻いただけで頭を拭いながらレッドが出てきた。
「くそ…なかなか落ちん…」
そんなことをつぶやきながら、己の腕などを何度も嗅いでいる。
「レッドさま！」
さすがにレッドの姿を見たときは少し赤面したが、サニーは憤然と呼びかけた。
「お、いたのか」
レッドは平然とその姿のままでサニーの横に腰かける。
サニーはまったく動揺しないレッドを不審に思いながらも問い詰めようとした。
「レッドさま、このスーツ…」
「ああ、そいつはもう廃棄処分だ。ちょうどいい、新しいのを発注しておいてくれ。上から下まで全部、だ」
いつもと違う匂いや浮気にしては平然としているレッドに、サニーはますます不思議がる。
「この匂いって…」
「敵と交戦になってな、匂いをつけられた…後をつけられないようなんとか逃げ切ったがな」
サニーは服を鼻のところへ持っていった。
そんなにいやな匂いではない。
やはりどちらかというと香水のような感じがする。
「そういう匂いの液体を詰めた玉があって、標的に投げつけて匂いをつける。逃げてもイヌや鼻の
利く者に追わせる寸法だ」
「でも、あんまり、いやな、匂いじゃ、ないかも」
言葉が途切れるのは、そのたびに服を嗅いでいるから。
「麝香とかそのあたりだからだろう…っていうか、あんまり嗅ぐな」
「お洗濯しても落ちないの？」
「そういうふうに作ってあるからな。私の身体についている匂いも3日ほどは消えんだろう…策士に
そのあいだは休むと伝えておいてくれ」
サニーはしばらく廃棄処分の服を見ていたが、マフラーを手にして目を輝かせた。
「ねえ、どうせ廃棄するならもらっていい？」
「…なにをする気だ？」
少し考えてからサニーは照れくさそうに笑った。
「消えない匂いなら、これを少し切って持ってるとレッドさまが傍にいる気になるかなあ、なんて」
レッドは呆れたようにサニーを見ていたが、急にサニーの頭を抱えて自分へ引き寄せた。
「私の匂いは、こうだ」
裸の胸に頭を押し付けられ、一瞬サニーの息が止まる。
おずおずと顔を上げレッドを見た。
「…同じ匂いじゃない」
「む」
そう言われてレッドは自分の身体にも、服と同じ匂いが染み付いていることを思い出した。
サニーは頬を染め、もう一度レッドに頭を持たせかける。
「消えないのなら、私の匂いで上書きしちゃおっかなあ」
レッドがニヤリと笑う。
「そうしてくれ」
サニーの背中にレッドの手が回された…。