ゆびさきの傷
サニーが執務室で書類を整理していると、レッドが任務の完了報告書を持ってきた。
「ほら」
「お疲れさまでした」
普通の応対で書類を受け取ったとき、サニーはレッドの指に巻かれた包帯に気づいた。
（…ケガ？）
レッドが受け取る任務ではかすり傷など日常茶飯事、しかしこんなふうに包帯を巻いているなどない。
「じゃあな」
レッドはそっけなく言って執務室を出ていった。
（とても綺麗に巻かれていた包帯…）
（利き手の指なんだから、自分では巻けないわね…）
（レッドさまの部下に、そんな気の利く人間はいないわ…）
そんなことばかりに気をとられていたせいか、新しい書類の紙がサニーの指をかすめた。
「いたっ」
紙で切った指は痛痒いような感覚で…サニーは思わず咥えた指を軽く噛んだ。
（バカみたい…）
残りの仕事を片付けてしまおうと再び机に向かったとき、アシスタントがおずおずと1枚の書類を
差し出した。
「サニーさま、先ほどレッドさまが持っていらっしゃった報告書なのですが…」
「どうしたの？」
「署名の部分が…」
お国柄といってしまえばそれまでだが、レッドはあまり自分の名前を書くのを好まない。
作り笑いのアシスタントにサニーは冷たく言い放つ。
「そう。あなた、いってもらってらっしゃい」
「と、とんでもない」
報告書にミスがあった、などとレッドのところへいこうものなら、たちまち機嫌を悪くするに
決まっている。
それを知っているからこそ、アシスタントはサニーに頼み込んでいるのだ。
「サニーさま、お願いいたします…」
今、レッドの顔を見たら包帯のことを問い詰めてしまいそうだったのに…サニーは渋々
立ち上がった。
レッドは自分の執務室ではなく自室のほうにいた。
仮眠を取ろうと思ったのかベッドに寝転んでいる。
「レッドさま、署名が抜けてたわ…」
サニーの声で目を開け、億劫そうに受け取って寝転んだままで乱雑にサインする。
「すぐ気づいて、飛んでくるかと思ったがな…」
「わざと？」
サニーの問いには答えなかった。
その代わり、サニーの指についた小さな傷に気づく。
「指、どうした？」
「ちょっと…切っただけ」
どうしてもレッドの指にある包帯に目がいってしまった。
「レッドさまこそ…指の包帯は」
だれが巻いたの？という言葉だけは飲み込んだ。
「引っかけた。たいした傷ではないが血が出たからな…自分でも器用に巻けたと思う」
レッドほど器用になれば歯と反対の手を使って包帯を巻くくらい簡単だろう。
本当はほかの者が巻いたのだとしてもそれをごまかせるほど器用な男ではないし。
知らず知らずのうちにため息が漏れていたのだろうか…レッドは少し意地悪い笑みを浮かべてサニーを見る。
「お前、これをだれかほかの人間が巻いたと思っただろう」
「べ、別に」
気恥ずかしくなって顔を逸らした瞬間、強い力で引っ張られレッドの上に倒れこんだ。
レッドの胸に抱きこまれ、優しく頭を撫でられる。
「…バカだな」
本当だと思いながらサニーは目を閉じてうなずいた。
「うん…」
レッドが素早く身体の位置を変え、サニーの上に覆いかぶさる。
唇が触れ合おうとしたとき、サニーのポケットにある内線用の携帯が鳴った。
「は、はい」
『サニーさま、孔明さまがお戻りです」
「わ、わかりました。すぐいきます」
身体を起こしたレッドの下から逃れ、軽く乱れた服装を整える。
レッドはそのままベッドに寝そべって小さく手を振った。
「あとで…こいよ」
サニーはほんの少し頬を染め、うなずいて部屋を出ていった。