飲みかけの、
「もう一度言う」
レッドにしては珍しく静かな口調で繰り返した。
「私はサニーを妻にする」
書類を見ながらの応対だったために、最初の言葉は聞き流してしまった。
しかし二度目の言葉は、樊瑞の頭の中を真っ白にし、ただ呆然と目の前にいる仮面の男を
見つめさせた。
レッドの隣りにはわずかに頬を染めうつむくサニーが座っている。
サニーの後見人となったときから、いつかはこのような日がくることを覚悟していたが、
その日はあまりにも早く、そして問題な男とともにやってきた。
「そ…」
ようやく我に返った樊瑞の口から飛び出したのは、当然の如く罵声。
「そんなことを認められるか！そもそも貴様のような…」
そう言いかけてサニーが同席していることを思い出した。
樊瑞はひとつ咳払いをし、優しい声音でサニーに命じる。
「サニー、茶を入れてきてくれ。怒鳴ったら喉が乾いた」
「はい、おじさま」
サニーは席を立ったが、樊瑞は先ほど言いかけた言葉を続けようとはしなかった。
十傑集のリーダーとして、レッドがどれほど腕の立つ男かはよく知っている。
周囲に誤解されがちであるが、血を好むといわれていてもサニーを傷つけようとするなどありえない。
先ほどは出自に関して口にしてしまいそうになったが、アルベルトやセルバンテスは名家の出。
しかしながらレッドをどこの馬の骨と称するには自分もさして変わりはない。
よくよく考えてから発した言葉は実に陳腐なものだった。
「そもそも貴様のような命知らずにサニーをやれるか」
レッドは一瞬きょとんとした表情になったが、すぐ不敵に笑ってみせた。
「そういうことならサニーは重々承知している。私の仕事を知らぬわけではないからな」
「貴様になにかあればサニーが悲しむ。貴様に任務を命じたワシがサニーに恨まれるわ」
苦々しそうな樊瑞とは対称的に、レッドは清々しい笑みを浮かべた。
「そのようなことはないといちおう言っておくが…もしもサニーが後家になったら、また貴様が
見てやってくれ」
「バ…！」
馬鹿なことを言うなと言いかけたとき、サニーが戻ってきたので樊瑞は口を閉じた。
サニーがレッドと樊瑞の前にティーカップを置き、ポットからお茶を注いでいく。
「ああ、そうだ。混世魔王よ、私は衝撃には許しを得たからな」
カップを取り落としそうになった樊瑞を尻目に、レッドとサニーは小さくうなずきあう。
樊瑞は大きな音を立ててカップをソーサーに置いた。
「あ、アルベルトが認めたというのならワシが異論を唱えても仕方なかろう」
「では許していただけるのですね？」
サニーの言葉に渋々うなずく。
はしゃいでサニーはレッドに抱きつく。
それをレッドは嫌がりもせず、サニーを安心させるかのように肩を抱いてやっていた。
そんなふたりを横目でチラとながめながら、樊瑞は大きなため息をついた。
少なくとも、レッドは女性に関しては浮いた噂のひとつもない。サニーを悲しませるようなことは
ないだろう。
「では婚姻の日取りはいずれ」
そう言ったあとでレッドは思い出したように付け加えた。
「そうだ。もしサニーが女の子を産んだら魔王に世話をしてもらう。サニーがいなくなってさぞかし
寂しいことだろうからな」
追い討ちをかけるようなその言葉に樊瑞が怒鳴る。
「調子に乗るな、貴様ー！」
飲みかけのティーカップが宙を舞った。