怪しい物音
サニーの体調はなかなか戻らず、しばらく大事をとってアルベルトの遺した城に帰っていた。
城に戻っているとはいえ、ほとんどベッドから出られない毎日ながらも、穏やかに過ごしていた。
コトリ、と小さな、しかし怪しい物音にサニーは半身を起こした。
ときおり寒さに耐えかねてネズミが入り込んだりすることはある。
だが…もしも不審者だったら？
今の自分には抵抗する術はなく、ひどくあっけなく斃れることになるのだろうとサニーはわずかに
覚悟した。
果たしてその予想は当たっていたようだった。
耳を澄ませば、怪しい物音に怪しい物音が加わり、低いうめき声となにかが倒れる音…それらが
一度に聞こえた。
サニーが小さく息を吐くのと、聞き覚えのある声が部屋に入ってきたのは同時だった。
「具合はどうだ」
レッドが微笑みながら立っていた。
「…レッドさま…！」
本当は駆け寄りたいのに身体が動かない。
サニーはベッドの中から小さく笑いかけた。
「…なかなか、戻れなくて」
「魔王に聞いたらこちらだと言われたのでな…この部屋は少し寒くないか？」
「薪がつきかけているのかもしれないわ」
「よし、私がくべてやろう」
レッドはカゴの中に用意されていた薪を暖炉にくべ、すぐに部屋を暖かくしてしまった。
「なにがあった？」
床に敷かれた上等なラグの上に座り、レッドが尋ねる。
「…BFさまのご命令で、魔法を使いすぎてしまったの…元に戻るまでもう少し時間がかかりそう…」
レッドは少し苛立ったがBFの命令とあれば仕方ない。
「命には？」
「…たぶん平気」
「そう…か」
それからレッドは気を紛らせてやろうと冗談めかして話した。
「策士が、お前が私の子供を孕んだのではないかと心配していてな」
「まさか」
サニーがここへきてから初めて声を出して笑った。
「自分の身体だもの。そうじゃないことくらいわかるわ」
少し頬を染めて尋ね返す。
「残念だった？」
「さあ、な」
そう言いながらもレッドの表情は複雑になっていた。
陽が落ちてもレッドは引き上げなかった。
すでに孔明と樊瑞の許可は取ってあるのだと言って、毛布を拝借しラグの上に寝そべる。
「ベッドにくればいいのに」
サニーは笑うがレッドは首を振る。
「身体に障る」
いちおう気遣ってくれているとわかり、サニーは微笑んで話を続けた。
「眠っているときにね、昔…幼かったころにレッドさまが見せてくれた夕焼け雲を夢で見たの」
本部の裏手にはレッドしか知らない場所があって、そこで幼いサニーはレッドとともに、海に
沈んでいく夕日に照らされたとても美しい夕焼けを見たのだった。
「ああ…」
レッドはそんなこともあったなと軽く返事をする。
「残月さまやヒィッツカラルドさまとも夕日を見たことはあったけど、あんなに綺麗な夕日は
見たことなかったわ」
「やつらや怒鬼や幽鬼とは」
突然のレッドの言葉にサニーはきょとんとした。
「…約束していた」
「なにを？」
「お前のことを…抜け駆けはなしだ、と。だが…忍というものは抜け駆けするものだ」
「うふふ」
ふと、疲れたようにサニーがベッドに沈んだ。
力なく放り出された手を、すかさずレッドがつかむ。
「ごめんなさい…」
「いや、疲れさせてしまったか」
その手を上掛けの中にしまい、掛け直してやる。
「傍にいる。眠れ」
サニーはコクンとうなずいた。
サニーが目を閉じたまま口を開く。
「…ありがとう…私を、抜け駆けしてでも求めてくれて…」
「私が一番最初にお前に出会ったのだ…お前とこうなる権利は…私のものだろう？」
レッドはそう言って先ほど中へ入れたサニーの手を取り出して、しっかりと、だが優しく握った。
ほんの少し、サニーの身体に力が戻ってきたような気がした。