緑の草原（樊瑞）
樊瑞は忙しい男。
任務で世界中を飛び回っているかと思えば（これはほかの十傑も同じだが）本部へ戻っても
書類の決裁や会議に忙殺されている。
「あ、樊瑞さま、いたいた」
ようやく空いた時間に、人工的に作られた場所とはいえ本部から少し離れた場所にある草原が、
樊瑞のお気に入りの場所だった。
マントが汚れるのもかまわず草原に寝転んでいる樊瑞を見つけたのはサニーだった。
「うん？サニーか」
「やっぱりこちらにいらっしゃったのね」
半身を起こした樊瑞の隣へサニーも腰を下ろす。
「なにか用かな？」
「孔明さまが探していらっしゃって…」
「ふむ、この場所を教えたか？」
サニーは悪戯っぽく笑って唇に指を当てた。
「だってこの場所は樊瑞さまのお気に入りでしょう？孔明さまに内緒にしておかないと、
見つけられてしまいますもの」
見つかるのは時間の問題かもしれないが、とりあえず孔明はまだこの場所に気づいていないらしい。
「それはありがたい。ここでの昼寝は極上でな」
そう笑って樊瑞は再び草の上に寝転んだ。
サニーはちょっとだけ樊瑞をうかがい、マントを敷物に同じく寝転がった。
草の香り、柔らかな初夏の日差し、ときおり頬を撫でる暖かい風…確かに樊瑞が気に入るわけだ。 ややあってからサニーは身体を少し起こし、樊瑞のほうを見た。
よく眠っている…だがピクリとも動かない。
「樊瑞…さま？」
目を閉じ、口を固く結んだ表情は…まるで草の棺に眠っているようにも見えて…先ほどまで
暖かだった風が冷たくなったように感じた。
「樊瑞さま！」
ひどく不安になったサニーが思わず大きな声を出すと樊瑞はようやく目を開けた。
「うん？孔明がきたか？」
「違います！」
サニーは叫ぶようにそう言って樊瑞の胸に顔を埋めた。
「なんだか…まるで…樊瑞さまが…」
「死んでいるように寝ていたか」
顔を埋めたままでサニーがうなずく。
その背に手を回した樊瑞は優しくサニーの背を叩いた。
「フフ…そんなはずがあるか。お前を悲しませるようなことはせぬ」
そうしてマントの端をつかみマントごとサニーを包んでしまった。
「樊瑞さ…」
「シッ」
頭のあたりで声がする。
「おかしいですね…エージェントの話ではこのあたりで見かけたということでしたが…困った
リーダーだ。どこにもいらっしゃらない」
孔明の気配が完全に消えてから樊瑞はサニーを解放した。
「これくらいの仙術も見抜けぬとは孔明もまだまだだな」
サニーはわずかに頬を染め樊瑞にねだった。
「ねえ樊瑞さま。もう一度今の仙術を…樊瑞さまと草に同化したい…」
樊瑞は一瞬サニーを見つめたが、すぐに微笑んでマントの端を再びつかんだ…。