灰色の雨雲（樊瑞）

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　夏の天気雨は悪いものではないが、垂れ込めた灰色の雨雲には少々気が滅入る。
　樊瑞は執務の手を止め、椅子を回転させて窓の外へ目を向けた。
　もうしばらくしたら土砂降りの雨を降らせますよとばかりに、厚ぼったい雨雲が視界に入る。
　ふと、幼い頃のサニーがお気に入りの傘をさして、雨雲の下を歩いていたのを思い出した。
　両手は赤い傘を支えるのがやっとのこと。
　それでも楽しそうに水たまりを踏んで歩いていた。
　成長した今は、雨の日には絶対外出しないと息巻いている。
「雨の日はね、髪が湿気を含んで重くなるし、お気に入りの服も泥で汚れたり雨がかかったりだし…
いいことがないんですもの」
　今のサニーにも傘が似合うだろうと考えていた樊瑞には、少し残念な意見だった。

　灰色の思わせぶりな雨雲は、まだ雨を降らせない。
　その灰色の雲の中から、ちらりとスカートの裾が覗いた。
　古めかしい、ゆったりとしすぎる雨雲と同じ色のドレスをきて、やはり同じ灰色の傘を持ったサニーが貴婦人のように雲から降りてきた。
「サニー？」
　いや、それはサニーによく似た天使か、それともメリーポピンズか。
　ともかく彼女はにっこりと笑い、樊瑞を見つめる。
「おっ、おい！」
　樊瑞が手を伸ばすより先、彼女は傘をパラシュート代わりにしてゆっくりと降りていってしまった。「お茶でもいかがですか？」
　不意にかけられた声に驚いた樊瑞は、自分がいつのまにか転寝していたことに気づいた。
　椅子にかけて、窓を向いていたからサニーには眠っているとわからなかったのだろう。
「む、夢だったか…」
「あら、眠っていらっしゃったの？ごめんなさい、起こしてしまいました？」
　まだ片付ける仕事は山ほどある。眠っている場合じゃない。
「いや、助かった、というべきかな」
　苦笑する樊瑞に香ばしい香りのお茶が差し出される。
「なんの夢、見てらっしゃったの？」
　トレイを胸に抱えたサニーが笑いながら樊瑞の目を覗き込んで尋ねた。
「さあ…」
　ごまかそうとしたがサニーにはお見通し。
「ウソ。なにかいい夢だったのでしょ」
　お茶が冷める前にと樊瑞はカップに口をつける。
　サニーは樊瑞が答えるまで見ているつもりのようだ。
　そのサニーが注意を逸らしたのは、窓にあたる雨の音。
「あら、降ってきましたわね」
　この雨がやんだら雲の色は灰色から白へと変わるだろうか…樊瑞は空になったカップをサニーに
返した。
「天使が降りてきたからな」
「え？なんですって？」
　サニーは聞き返したが、樊瑞は苦笑するばかりでまた書類へ目を通し始めた。