橙色の夕焼け（樊瑞）

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　香港は日が暮れようとしている。
　サニーは待ち合わせの場所である、高級ホテルの前の街灯にもたれかかっていた。
「ちょっと早かったかしら」
　時計を見ながらそんなことをつぶやいた瞬間、耳をつんざくような轟音が頭上を過ぎていく。
　橙色の空を見上げれば、夕焼けの向こうへ飛行艇が飛び去っていった。
「そろそろ…かな」
　ほどなく通りの向こうから長身の男が近づいてくる。
「サニー、ずいぶん待ったか？」
　いつものマントは外し、シックな服装の樊瑞が声をかけた。
　今、飛び去った飛行艇から飛び降りたのだとはすぐにわかるが、息ひとつ切らしてはいない。
「ここの反対側から帰っていらっしゃるんですもの。10分くらい待たされることは気にしませんわ」
「む、10分も遅れたか？」
　あわてて樊瑞も時計を見る。
　サニーはクスクス笑った。
「いいえ、正確には10分前です」
　樊瑞もつられて笑い、もう一度時計を見た。
「予約しておいたレストランには、ちょうどいい時間だな」
　そうしてサニーを伴い、橙色が少し濃くなった町の中へ歩き始めた。
　予約の中華レストランには、別席が設けてあり、サニーと樊瑞はそこへ案内された。
「久しぶりですわ、樊瑞さまとお食事って」
「このところバタバタと忙しかったからな。放っておいてすまなかった」
　サニーにはお茶、樊瑞には紹興酒が出され、それからは山海の珍味が所狭しと並べられた。
「さて、なにから話すかな…」
　留守にしていたあいだのこと、ちょっとしたことで一喜一憂したことなど、話題と料理は
尽きなかった…。
　レストランでゆっくりとした時間を過ごし、外に出てから樊瑞はサニーの肩を抱いた。
「少し飲み足らんな。いきつけのバーへ寄るか」
「まあ、あれだけお飲みになったのにまだ足りませんの？」
　呆れたようにサニーが見上げると、樊瑞は苦笑してそのまま歩き出した。


　その裏路地は、この町にしては綺麗で、それにあわせたかのように小奇麗な店があった。
「いらっしゃいませ」
　カウンターだけのバーには、カップルらしい数人がいるだけだった。
　樊瑞はサニーとともにバーテンダーの正面に腰かけた。
　薄暗い照明の中でバーテンダーがニヤリと笑う。
「あ…！」
　その顔には見覚えがあって…本部にある樊瑞専用のカウンターバーでシェーカーを
振っていた男だ。
「お久しぶりです。樊瑞さまのおかげでこちらへ店を出すことになりまして」
「ま…あ、それで樊瑞さまのいきつけに」
「ええ。情報収集もいたしますよ」
　どうやらここは樊瑞の個人的な「支部」らしい。
　バーテンダーは樊瑞が好むドライマティーニを差し出し、サニーの前にはオレンジ色の
カクテルを差し出した。
「あら、きれい」
「テキーラ・サンセットというカクテルです。お強いのでお気をつけて」
　材料によって違うのだろうが、このカクテルは淡紅色ではなく夕焼け…橙色をしていた。
「まるで今日、私が見ていた夕焼けの色みたい」
　カクテルを飲まず、じっと見つめているサニーに樊瑞が微笑みかける。
「いつも夕方からのデートしかできんからな…たまには一日と思うのだが」
「かまいませんの。私、この色の中で樊瑞さまを待っているの、好きですから」
　樊瑞は自分のグラスをサニーのグラスに軽く当てた。
「橙色の恋人に」
　サニーは小さく笑い、グラスを傾けて樊瑞に持たれかかった。
　夜はまだ始まったばかりだ。