赤い林檎（幽鬼）

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　幽鬼が持っている個人専用の温室には、花だけでなく果樹も多い。
　今はリンゴが生っていて、任務のない暇つぶしにと幽鬼とアシスタントでもいでいた。
　ひと休みとばかりに、温室内に設けられた椅子に腰掛け、テーブルのカゴに盛られたもぎたての
リンゴに手を伸ばした。
　確かサニーは任務で出かけていて、夕方くらいに戻ってくるはず。
　幽鬼はリンゴをひとつ手にして、サニーの帰ってくるのにあわせて、パイを焼こうかジャムを
作ろうか焼きリンゴを送ろうかといろいろ考えていた。
　ふと、手にしたリンゴに奇妙な感覚が加わったのに気づく。
　驚くアシスタントと同じ場所に視線を移せば、手にしたリンゴにサニーが食らいついていた。
「うおっ」
　幽鬼が思わず素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。
　サニーはリンゴにかぶりついた状態で上目遣いに幽鬼を見る。
　しかしその赤い瞳はとろんとしており、顔色も最高とはいかないようだ。
「まったく…戻ってきたのなら、ただいまくらい言ったらどうだ」
　苦笑しながらサニーの手にリンゴを持たせてやると、サニーはそのまどろんだ瞳のままで口の
ひとかけらをかじり取った。
「だって…早く帰って、幽鬼さまのお顔が見たかったのですもの…」
「急いで戻ってきた？」
「ええ…時差と任務で…えっと…」
　おそらく一睡もせずに戻ってきたのだろう。
　まどろんだ瞳が閉じられるのと同時に、サニーは幽鬼へと倒れこんできた。
「おおっと」
　衝撃のないように身体を受け止め、そのまま抱き上げる。
「毒リンゴではないのだがな」
　そんなことをつぶやいて幽鬼はアシスタントに向かった。
「お姫さまはおやすみだ。ちょっと部屋へ運んでくるから作業を続けていろ」
　アシスタントは幽鬼なりのユーモアに笑ったものか迷い、困ったような表情で返事をした。
　サニーを抱いたまま回廊を進み、ふとサニーが手にしているリンゴに目を留めた。
　落として、自分が足を取られるのも御免だが、ほかの者が踏んでも困る。
　そう思い取り上げようとするのだがサニーはリンゴをしっかりと握り締めて離さない。
「やれやれ」
　落とさなければいいと判断し、幽鬼は再び歩き始める。
　サニーの私室のドアを足で蹴り開け、すうすうと寝息を立てるサニーをベッドへ寝かせる。
「王子がキスをすると、死んでいたと思われた姫が目を覚ましました…さて、リンゴのかけらは
どこへいったのかな？」
　サニーの口をわずかに開けさせ、かけらが喉に詰まっていたりしないのを確かめる。
　それからようやく力の抜けたサニーの手からリンゴを取り上げ、ポケットからナイフを取り出した。
　サニーがかじった部分を切り取り、赤い皮をナイフで器用に削りながらちょっとしたデコレーションを施した。
「目覚めたらリンゴ料理の宴会だな」
　そのリンゴをもう一度サニーの手に握らせ、そっと寝室を出ていった。
　リンゴの表面には「For Princess with Love」と文字が彫られ、サニーがかじった部分はハートの形に削り取られている。
　夢の中で王子にあったのか、眠っているサニーがクスクス笑った。