| ブラインドを下ろし、昼間にもかかわらず闇の部屋には、ふたつの吐息が交錯している。 セルバンテスは背中から組み敷いた残月の顎を心持ち浮かせ、その耳にささやいた。 「愛していると言ってごらん」 残月はもとよりなにも見えない目を開いたが、吐息を漏らす唇からはなんの言葉も発せられなかった。 「強情な子だ」 セルバンテスは唇を歪め、残月の内部に突き刺さっている己の楔を、さらに奥へと突き上げた。 「…く…ッ」 残月の手は白いシーツをきつく握りしめ、足はシーツの少しでも冷たい部分を探して彷徨った。 まだ引き攣れの残る背中の傷をセルバンテスの舌が這い、ざらりとした感触に残月は身を震わせる。 やがてセルバンテスの手は前へと回され、貫かれた痛みに萎えている残月の男根を握り締めた。 巧みな愛撫による快感…その快感が背筋を這い上がってくる感覚が、残月に吐き気を催させる。 性感に身を任せることがセルバンテスに対する屈服のように思えて、嫌悪感を覚える…自尊心の高い 彼ならではの感覚だった。 「身体のほうはこんなに素直なのにねえ」 「…ッあ…」 「ほら、楽になりたいだろう…？」 「んあッ…あッ…」 しかしそんな抵抗もいつまでも続きはしない。 結局、残月の身体は彼の自尊心を裏切って卑屈な台詞を吐かせてしまうのだから。 「あ、貴方を…愛している…ッ」 セルバンテスは満足げに笑い、残月の頬に唇を這わせた。 「私も、君を愛しているよ」 セルバンテスが腰を大きくグラインドさせる。 噛み締めた残月の唇から、白いシーツに血が滴った。 まだベッドに突っ伏している残月を眺めながら、先に身支度を整えたセルバンテスは水煙管を手にした。 残月は気だるそうにようやく身体を起こし、サイドテーブルに置いてあった己のサングラスへ手を伸ばした。 「貴方は…」 納得のいかない残月が問う。 「私の言う愛が、口先だけの言葉だとは思わぬのか」 セルバンテスは煙を深く吐き出して答えてやった。 「フフ…私が愛という言葉すべてを信じているとでも思うのかね？私にとっての愛しているという言葉は、 挨拶のようなものなのだよ」 自分の、屈服させられた心をさらに踏みにじられたような気になり、残月は身体を起こして服をつけ始めた。 「もういくのかね？」 「ああ…」 足に力が入らない…しかし、一刻も早くこの場所から去りたかった。 脇を通り過ぎる際、セルバンテスが言う。 「挨拶とはいえ、だれにでも言うとは思わんでくれたまえ」 だが残月は足を止めず、部屋を出た。 通路の壁に手をついて歩くのがやっとだった。 セルバンテスの動きに耐えられず裂けたのか、足に血が伝わっているような感じがする。 不意に残月の頭がなにかにぶつかった。 柱かなにかかと思い顔を上げると、そこに樊瑞がいた。 「どうした？」 いつものような穏やかな瞳で尋ねてくる。 「いや…」 横を通り過ぎようとするのを強引にふさがれた。 「なにを…」 「具合が悪そうだ。ワシの部屋で休んでいくといい」 身体を支えられると少し楽になった気がする。 半ば押し切られる形で樊瑞の部屋へ連れて行かれた。 「手荒なことをされたようだな」 わかっているのか、椅子は勧めずベッドに寝かせてやる。 「どうでもよい」 「そういうわけにもいくまい。いい薬がある」 樊瑞は躊躇なく残月の下を下ろし、その部分がやはり切れていることを確かめると、平べったい容器に 入った薬を指に取り、塗りこんでやった。 「セルバンテスにいじめられたか」 子供に対するような台詞に少し苛立ちながらも、残月は意外にすんなりとセルバンテスのことを話した。 「あやつが挨拶だというのなら、それがあやつの慣習なのだろうよ。お主はお主の慣習を貫けばそれでよい」 「そう…だな。たかが…」 樊瑞に同調し、たかが愛などという言葉を発するのに、覚悟もいるまいと思った。 そう思ったのに… 「愛などと…軽々しく口に出せぬ…まだ、彼のことは…」 残月の目に思わぬ涙が浮かぶ。 樊瑞は軽くうなずき、なだめるようにその肩を抱いてやった。 |