| そろそろBF団本部内で残月の名を知らぬ者はなくなってきた。 特A級エージェント、白昼の残月…与えられた任務は的確にこなし、その物言い以外は目上の者に 反抗することもない。 「貴様が残月か」 樊瑞の元を辞して退室する残月の前に現れたのは素晴らしきヒィッツカラルド。 「左様」 手にした煙管を口にして一服した瞬間、マスクの頬の部分が裂けて血が一筋流れた。 「凄腕と聞いていたが、私はその気になれば貴様の顔など真っ二つにできる…なぜ避けなかった？」 「児戯に付き合う気はない…」 噂に聞いていたとおり生意気な口を利く男だとヒィッツカラルドは思った。 自分はまだ笑って流すことができるが、レッドあたりならとっくにクナイで貫かれているかもしれない。 「なるほど。おふざけと思っているから避けんか…ならばこれではどうかな？」 ヒィッツカラルドの指が残月の目の前に突きつけられる。 しかしそれより先に残月がヒィッツカラルドの目と鼻の先にいた。 「児戯は止められよ…」 一瞬、ヒィッツカラルドの動きが止まったのは、自分の首の後ろに回っていた残月の手に針があることを 感じたからだった。 「私が指を鳴らすのと、貴様の針が私の延髄を貫くのとどっちが速いか、ということか…わかった、よそう」 ヒィッツカラルドが降参というように両手を挙げて苦笑すれば、残月も針をしまって退いた。 「失礼する。マスクを修理するのでな」 そういって悠然と去っていく残月の背中を見ながら、ヒィッツカラルドは二度ともうちょっかいをかけることはないと 確信した。 残月がセルバンテスの執務室に呼び出されたのは、それからほどなくだった。 「混世魔王以外から呼び出しを受けるとは面妖な…」 「まあまあ。そう堅苦しいことは言わないで。なにか飲むかね？ワインかブランデーでもどうかな」 「用件は手早く願う」 あまりにもそっけない残月にセルバンテスは小さく肩をすくめ、自分だけのグラスに最高級のブランデーを注いだ。 「残月くんは十傑を目指しているんだよね。しかし十傑に選ばれるにはなかなかの難関…」 「それは重々承知している」 今は孔明が辞退しているために十傑がひとり欠けている。それを埋めるための選考が行われるであろうことは 確かだが、残月とは決まっていない。 樊瑞は残月を推すだろうが、アルベルトはイワンを、孔明はあの幻夜とかいう青年を推すはずだ。 「いちばんいい方法がひとつあってね…だれかの後継になることが手っ取り早いんだよ。アルベルトにはイワン、 樊瑞にはサニーちゃんがいる」 セルバンテスはグラスを掲げた。 「でも…私の後継はいないんだ」 つまりセルバンテスは残月に自分の後継となるよう促しているのだ。 「それは光栄至極」 「けど、ちょっとした条件があるんだ」 「条件？」 セルバンテスがゴーグルを外した。 「その無粋なマスクを外して、君の本当の姿を見せてほしいんだよ」 失うものなどなにもない。自分を売って得るものは大きい…それだけのことだ。 「承知。ただしカーテンを閉め、明かりを落としていただきたい…フィルターのない目に普通の光源は まぶしすぎるのでな」 セルバンテスは笑って望むとおりにしてやる。果たして現れた残月の顔は、セルバンテスの想像以上だった。 月の色を思わせる銀の髪に空色の瞳…だがたったひとつ、美観を損ねているものがある。 「その頬の傷は？」 先日ヒィッツカラルドがかすった傷だ。 「なんでもない。かすっただけだ」 セルバンテスは一転不機嫌になり、大股で残月に歩み寄るとその頬の傷にそっと唇を触れさせた。かすかに 舌先で嬲ってみる。 残月は拒まない。 セルバンテスはその耳元にささやいた。 「全部…脱いでみる気はないかな」 答える代わりに残月は力を抜いてセルバンテスに身を預けた…。 |