第5話
「おい…おい」
幽鬼は気を失っていた。
裸のままで浴室から運ばれたらしく、カワラザキに軽く揺すられて目を覚ました。
「生きてるか？ふふ…初めてだというのに、ちょっと激しすぎたか」
浴室からここまで連れてきた…もしくは引きずってきたのか…カワラザキの腕力に驚く。
そしてほぼ同時に、自分の腰のあたりにタオルが何枚か敷かれているのに気づいた。
「お、俺…あっ」
身体を動かすと、まだ残っているカワラザキの精液が体内からこぼれてくる。
「す、すみません」
「気を失ってしまったからな…起きてれば全部出させたんだが」
ベッドに腰かけたカワラザキが、幽鬼の髪を優しく撫でる。
「…不快ならいつでも辞めていい。だが儂は信頼できる相手としてお前を選んだ。だからこれからもお前を可愛がりたい。それが嫌なら辞めて構わん」
幽鬼はカワラザキに視線を合わせなかった。
「俺…おかしな奴だと思われるでしょうけど…さっき、嫌じゃなかったんです…ただ、びっくりしただけで…」
なんとなく自分の言っていることが、告白めいているようで恥ずかしいのだ。
「だから、そうおっしゃってもらって嬉しいですし、これからだって、その、あの、抱かれても平気です。でも」
「なんだ？」
「俺…専務を悦ばせられないと思って…その、よく、わからないから…」
幽鬼の頭に置かれていたカワラザキの手が、髪をくしゃくしゃと掻き回す。
「なら、わかるようにしてやろう。どうだ？」
その言葉の意味を理解し、幽鬼は素直にうなずいた。
「…お願いします…」
「ただし、だ」
髪を掻き回す手が止まり、ひどく凄味のある声に変わった。
「儂以外の奴と寝るな。もしそんなことをしたら…浣腸して嫌というほど腹を殴りつけるからそのつもりでいろ」
遠回しに殺すと言われている…しかしそれも、自分を愛してくれるが故の言葉なのだと幽鬼は承知した。
肛交の回数を重ねる毎に、幽鬼の身体は慣れていき、やがては勃起すれば孔が疼くようになり、孔を犯されれば射精するように躾けられていった。
口での奉仕もずいぶん上手くなった気がする。
「ふん、抱かれやすい身体になったな」
幽鬼に挿入しながら、その耳にカワラザキが囁く。
この頃にはもう、カワラザキのサイズに慣れ痛みもあまり感じずに受け入れることができた。
「せ、専務の…ご指導が…お上手だから…あっ」
「生意気な口をきくようになったな…おまけに締め付け具合といい上出来の部下だ」
洗浄のための浣腸は別として、カワラザキは幽鬼の嫌がりそうなことや傷が残るような痛みを与えたりはしなかったから、幽鬼は安心して身を委ねることができた。
だからオフィスで、机の下に潜ってカワラザキを口で満足させたり、幽鬼の泣き顔が見たいという理由で大人の玩具を入れられた状態のまま仕事をしたりという行為も、比較的平気だった。
あれから数日、カワラザキは渋い顔をしている。
幽鬼に触れることもなく、ただ淡々と仕事をこなしているだけだ。
社内の者の話では、社長はすでにアメリカへ戻ったというし、やはりあの夜、なにかがあったのだと幽鬼は思った。
そして珍しくメールではなく、書面で…しかもカワラザキ宛の親書扱いで…社長からの書類が回ってきた。
それに目を通したカワラザキは、幽鬼が驚くほどの音で壁を蹴りつけた。
「せ、専務…？」
不安そうな幽鬼をよそに、手近のメモに殴り書きをして渡してきた。
「これは…？」
そこにあるのは有名な一流ホテルの場所。
「今夜そこへ行け。そこにな、大きな取引先の相手が泊まってる。覚えてるか？この間やってきた中東の…」
そう言われて幽鬼は、上等のスーツにクフィーヤをつけた眼光鋭い男を思い出す。
「ええ、でも、そういう話なら営業の担当…」
「相手がお前をご所望だ」
幽鬼を遮ったカワラザキの言葉に、身体が硬直する。
「え…っ」
「うちを見学にきたなんて口実で、品定めしてたらしいな。社長を通して、今度はお前を指名してきた」
「今度は、って…」
「社長だけじゃない。お前と仲のいい…十常侍のところのあいつ、アレも呼び出してる」
カワラザキが指で机を叩くのは苛立っている証拠…幽鬼はおずおずと口を開いた。
「専務のご命令なら…行きます」
「行かせたいわけじゃない。なにが目的かはわかってるからな」
そして不愉快極まりない表情で言った。
「せいぜい褒めちぎっていい気分にさせて、とっとと国へ帰してこい」
想像も、覚悟もできている…でも幽鬼は少し不安になり、こっそりとヒィッツカラルドのところを訪れた。
「ああ、あの人か…」
ヒィッツカラルドは事もなげに言う。
「その、どんなこと、された？」
ヒィッツカラルドのほうにも十常侍を通して、今度は幽鬼が行かされると聞いていたらしい。
「うん、まあ…普通だったな。ただ…」
「ただ？」
「変態」
突然の言葉に幽鬼はヒィッツカラルドの顔をまじまじと眺めてしまった。
「それで片づけちゃうのは気の毒だけど、俺たちを相手に選ぶ段階で変態だろ」
「あ、う、うん」
本来ならば美女をあてがうのが普通なのだろうが、確かにそう言われればそうだ。
ヒィッツカラルドは安心させるように幽鬼の肩を軽く叩いた。
「別に痛いこともされなかったし、ごく普通にやっただけだから心配するなよ。お前だって知らないわけじゃないだろ」
「そ、そうだけど」
不安を紛らわせるためにもっと話していたかったが、ドアの向こうから十常侍の呼ぶ声がするとヒィッツカラルドは忠実な犬のように飛んでいってしまった。
幽鬼は…カワラザキの命令なのだからと自分に言い聞かせ、会社を後にした。