第3話
「夕食は社長の家でする」
そう言うカワラザキを社長のマンションへ送ってきたのは、もう薄暗くなったころだった。
幽鬼自身は社長に会ったことはない。
ただ、天才的な頭脳と経営手腕を持ち、祖父から受け継いだこの会社をさらに大きくしたが、まだ少年だとカワラザキから聞いていた。
実際、普段はアメリカに滞在していて、ほとんどの指示はそこから重役たちに出されているらしい。
入社時の挨拶にしても、秘書である孔明を通してのコメントだけだった。
その社長が久しぶりにこちらへ戻ってきて、カワラザキに会いたがっているとのことで呼ばれたようだ。
「お迎えは？」
「明日になるだろうが、こちらから連絡したら迎えにきてくれ。それまでは普通に出社してくれていい」
「はい…」
車を降りたカワラザキがマンションに消えるのを見届けてからも、幽鬼はすぐに車を出せなかった。
帰りが明日になるというのなら、カワラザキは今夜社長宅に泊まるのだろう。
そしてヒィッツカラルドの言葉が頭をよぎる。
『専務は、社長とできているんだろう？』
自分だけがカワラザキのお気に入りだとは思っていない。
だが…この胸に湧き起ってくる訳の分からない感情は、嫉妬なのだろうか。
幽鬼はもやもやとした気持ちのまま、車を発進させた。
「久しぶりだね、カワラザキ」
社長は屈託のない笑顔でカワラザキを出迎えた。
「社長も相変わらずお元気そうでなによりです。少し、逞しくなられましたかな」
「お世辞は言わなくていい。以前会ったときのままの青臭い餓鬼だ」
自分は飲まないのに、カワラザキのためにブランデーを用意してやった。
「退屈かい？」
少し会社の話をしてから、社長はおもむろにそう尋ねた。
「いいえ、いろいろと退屈はしませんな」
にこやかだった社長の目が意地悪く細められる。
「あの秘書と…寝てるのかい？」
カワラザキは答えない。
社長はソファに座るカワラザキの太腿にまたがってきた。
「答えがないってことは…可愛がってやってるんだね。ふふ…僕がいなくなって寂しかったってわけでもないだろう？」
「お戯れはおよしください」
自分を見下ろす社長の目を見据える。
「そうだね、カワラザキは寂しがるような人間じゃない。精液を吐き出す場所が必要なだけだ」
「また、そのような…」
「本当のことだよ。僕とのことも…」
「あれは私ではなく、社長から誘ってこられたのです」
「ふふ、そうだね…」
社長はカワラザキの頬を両手ではさみ、自分の頬を擦りつけた。
「ああ…この髭の感触、変わっていないね…ねえ、久しぶりなんだ…しようよ…」
「そのために、あなたに孔明をあてがったのではありませんか」
社長は髭の感触を楽しみながら、今度は唇を這わせていく。
「彼では…ダメだよ」
これ以上手出ししなければ社長の機嫌を損なうのはわかっている…カワラザキはいったん立ち上がり、カーペットの上に社長を押し倒して覆いかぶさった。
大事に育てられ、社長となってからも恐れ多くて触れられない坊やは、カワラザキの愛撫を受けて徐々に乱れていく。
「ん…ふっ…孔明は…孔明は、真面目なんだ…今も、きっと…仕事をして…あっ…」
カワラザキは社長の両足を抱え込むと、膝が床につくほど折り曲げて窮屈な孔を曝け出した。
己の男根をあてがい、ゆっくりと孔を拡げながら押し進めていく。
「あっあっ…こ、孔明はこんな…」
「私に犯されながら孔明のことを考えているのは、ひどくありませんかな」
「も…っと…もっと奥まで…痛くても…いいから…」
社長にしても孔明のことが嫌いなのではない。
ただ彼は…大事にしすぎた。
社長を敬愛するあまり、ベッドに誘われても壊れ物を扱うようにしか抱けず、そのため社長から誘われないように仕事に徹しているのだ。
身体を激しく揺さぶられながらも、うわ言のようなつぶやきは止まらない。
「あ…あ…あの秘書が…憎いよ…いつも、こんなふうに…君の大きなモノで…ああっ」
「アレのこともおっしゃいますな」
うるさい口をふさぐようにカワラザキが唇を重ねてくる。
荒い呼吸をで口づけを受け、息苦しいにもかかわらず社長は舌を絡めてきた。
だがカワラザキが望み通り奥深くまで貫くと、堪えきれずに身を仰け反らせて射精した。
「ねえ、一緒に寝ようよ」
シャワーを浴びて汗や精液を洗い流した社長は、カワラザキを寝室へと誘った。
「ふふ、大丈夫。もう満足したから」
それならばとカワラザキも一緒にベッドに入る。
「そうそう、言い忘れていたんだけど、うちへかなり大口の取引を持ちかけた社があってね…」
「ほう、それは初耳ですな」
「正式にはまだ決定じゃない。こちらの返答次第で取引するかどうか決めるらしい」
社長にひと言断わってから、カワラザキは葉巻に火をつけた。
「どこです？」
「中東の…」
そう言っただけでカワラザキには思い当たる節があった。
以前、日本に立ち寄ったからと会社を見学に来た男がいる。
「条件は？」
「僕じゃダメだったらしい」
つまり…社長はあの男と寝たのだ。
しかし男のほうでは、まだ取引を決めかねている…誰かが『生贄』になるわけだろう…。
「近々連絡すると言っていた。そのときはよろしく頼むよ」
承知しながら、カワラザキの心の中には一抹の不安があった。