第2話
幽鬼はヒィッツカラルドに誘われて小さなバーにいた。
カクテルでささやかに乾杯し、世間話から始まって…いつしか仕事の話になっていた。
同じ秘書課にいて、なぜかヒィッツカラルドと付き合うことが多いのは、ただ単に同期だからというわけではない。
似たような…それこそ重役の秘書として同じ境遇にあったからかもしれない。
「お前も…」
ヒィッツカラルドは意味ありげな笑みを浮かべてグラスを上げる。
「専務とそうなってるんだろ？」
なにを尋ねようとしているのかはわかる…質問に質問で返すのは愚かだと思いながらも、幽鬼は尋ね返した。
「お前はどうなんだ。その、常務と…関係あるのか」
常務の十常侍はカワラザキと同じく社長の補佐として動いているが、カワラザキよりもずっと若い。
外見だけでは男とも女ともつかない容貌をしていて、社内では温情があって人気もあるが正体不明の人のように思われていた。
いろいろな人間が十常侍のことを聞こうとヒィッツカラルドに尋ねるが、ヒィッツカラルドは忠実な秘書として十常侍のことを話すのを拒んでいる。
「あの人は…できないんだ」
「え？」
幽鬼が聞き返すと、ヒィッツカラルドはグラスを見つめ、寂しげな笑みを浮かべていた。
「ただいま戻りました」
ヒィッツカラルドが常務室へ戻ってくると、十常侍は肩に電話を当てて書類を探している。
ヒィッツカラルドは苦笑して、書類を探すのを手伝った。
「やれやれ。お前がいないとたった一枚の書類がどこにあるかもわからない」
十常侍は笑って、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。
「面倒くさいことを頼んだね」
十常侍が言ったのは、先ほどヒィッツカラルドが外出していた理由。
「ああ…いえ、大丈夫です。先方にも理解していただけましたし」
「そう…か」
ヒィッツカラルドは十常侍を見つめる…十常侍がこんな風体をしているのは、社内の男性女性を問わず相談を受けやすいため…だからこそ十常侍は人望があるのだ。
ややあってから、十常侍は椅子から立ち上がりヒィッツカラルドのところへ来ると、その耳元に囁いた。
「あの女は…お前を満足させてくれたかい？」
あの女とはヒィッツカラルドが外出先で会っていた、十常侍が解決すべきトラブルのひとつ。
それをヒィッツカラルドに命じて、その身体で解決させてきた。
十常侍の赤い唇がヒィッツカラルドの耳たぶを捕らえ、さらに囁きかける。
「あの女…ひどいことをするのが好きって話だ…脱いでごらん」
ヒィッツカラルドは立ち上がり、ベルトを緩めてズボンと下着を下ろした。
机の上にスペースを作り軽く尻を載せると、十常侍の前に男根を突き出す形となる。
「血が滲んでいるじゃないか…」
「…噛まれたんです。軽く、ですが…それから、ぶたれました」
筋肉質の尻にあるのは鞭の痕…だが、こちらはわずかな蚯蚓腫れ程度だった。
「女性の力ですから、そんなに痛みは…あっ…」
ヒィッツカラルドが説明している間に、十常侍の細い指がヒィッツカラルドの男根を弄んでいる。
「よかったかい？」
冷たい笑いでヒィッツカラルドの顔をのぞき込んできた。
こんなときヒィッツカラルドは十常侍の満足する答えを知っている。
「いえ…常務に…お願いしたいです…」
「いいだろう」
十常侍は身体を倒し、ヒィッツカラルドの男根を口に含んだ。
小刻みに動かす舌で舐め、吸い上げ、手で双球を弄ぶ。
やがてもう片方の手がヒィッツカラルドの尻を這っていき、冷たく細い指が窮屈な孔を撫で回した。
巧みな…男の感じる個所を余すところなく愛撫され、ヒィッツカラルドは息を荒らげる。
やがて指が二本ヒィッツカラルドの孔に入り込んできて、拡げ、抉るように蠢き始めた。
「う…うあ…っ…ああっ…」
「もっと楽しみたいだろう？遠慮することはない」
指の動きと愛撫が激しくなっていく。
「も…う…うう…っ」
ヒィッツカラルドの男根から精液が勢いよく迸り、十常侍はそれを口の中で受け止めた。
「す、すみません…」
ヒィッツカラルドが息を整えながらそう言うと、十常侍は何事もなかったように微笑む。
「なに、気にすることはないさ。お前にはいつも嫌なことをさせているんだ。それに…私を気遣う必要はない」
こういう行為を幽鬼と違いヒィッツカラルドは当たり前のように受け入れていたが、行為の後はいつも後ろめたい思いになる。
それは…十常侍は過去、会社内での事故によって性機能を失ったのだと聞かされていたから。
ヒィッツカラルドを満足させるだけで、己の欲望はどうやって満たしているのか…いや、もしかしたらヒィッツカラルドを自分の手の中で弄び、玩具のように扱うことで満足しているのかもしれない。
「…いいんだ、俺は。あの人の玩具でも…」
グラスの酒を呷ってそんなことをつぶやいたのは、ヒィッツカラルドもまた十常侍を信頼してついていこうと決めたからだろう…幽鬼の耳にそのつぶやきが残っていた。
「幽鬼」
そんな回想から現実に引き戻したのはカワラザキの声。
「あ、はい」
「すまんが今夜、ちょっと社長の家まで送ってくれ。送ってくれたらそのまま帰っていい」
この社が男性社員を秘書にしているのは、運転手やときにはボディガードも兼ねさせているからだ。
「かしこまりました」
そう返事はしたものの、幽鬼の頭の中にはヒィッツカラルドの話したもうひとつのことが浮かんでいた。