第8話
あれからカワラザキの機嫌はずっと悪いように見える。
幽鬼とは仕事に関してのこととか些細な世間話しかしない。
以前のように触れられ、抱かれることもない。
そして幽鬼は気づいた…自分はもうカワラザキの寵を失ったのだと。
命令に従ったとはいえ、約束を違えてセルバンテスと寝た自分は、たぶん汚らわしいものになってしまったのだ。
なにやら不明な一時金が給与と一緒に振り込まれていたが、カワラザキに嫌われてはここにいる理由もない。
今、取りかかっている仕事が終わったら、辞表を提出しよう…そんなふうに考えていた。
「元気ないな」
ヒィッツカラルドが心配して声をかけてくるが、無理に笑って見せた。
「そんなことない」
「そう…か、俺の気のせいかな」
「そういうお前はずいぶん機嫌がよさそうだな」
幽鬼の言葉にヒィッツカラルドは一転して顔を綻ばせる。
「明日から出張なんだ。その…常務と一緒に」
「へえ…」
「もしかしたらこの出張の間に、俺のこと、受け入れてくれるかもって思って」
「ふうん…」
自分とは正反対のヒィッツカラルドに、そう返すしかできなかった。
「週明けから出張だ」
席へ戻った幽鬼に、カワラザキはヒィッツカラルドと似たようなことを言った。
「あ、はい」
「飛行機の手配をしておけ」
「宿泊先は…」
「それはいい。二人分だ」
「え？自分も…ですか？」
思わず尋ね返した幽鬼をカワラザキは怪訝そうに見る。
「他に誰がいる…おかしなことを言うな」
「あ、すみません…」
また切り出すのが遅れる…そう思ったが切欠はとうとうつかめなかった。
出張先は支社の新築先で、その進捗状況を調査にというもので、わざわざカワラザキが赴くようなものでもなさそうだった。
そして宿泊先はというと有名な温泉宿で、誰が予約を入れたのか離れの一室を宛がわれた。
「儂だ」
素直に尋ねた幽鬼にカワラザキはそう答えた。
「社長の命令でな、ここの宿泊費は経理に提出しなくてもよくなってる…お前への慰労だとな」
「そう…ですか」
実際、部屋からのロケーションといい出された料理といい、確かにあのことを忘れさせてくれそうではあった。
しかし幽鬼の心が晴れるはずもない。
心地よい温泉で温まり、備え付けの浴衣で部屋に戻ってくると、カワラザキは書類を眺めながら持ってこさせた酒を舐めているところだった。
戻ってきた幽鬼を指をくいくいと動かして呼ぶ。
おずおずと近づいた幽鬼を力任せに引っ張ったので、幽鬼はカワラザキの膝に倒れ込む形になった。
「せ、専務…」
「あいつはお前のここで何回いったんだ？」
浴衣の上から幽鬼の尻を撫で回し、幽鬼の目を見つめてくる。
「それでお前は、あいつのモノで何回いった」
「覚えて…いません」
そう返事するのがやっとだった。
「そう…か。それで？お前は儂から褒美になにが欲しい？労いの言葉もかけてやってなかったな」
幽鬼の心の中でなにかの箍が外れた…出てきた言葉は辞めさせてくれではなく…。
「キスを…それから…抱いてください。犯して…めちゃくちゃにして…忘れさせて…ください…っ」
「儂にいじめてほしいのか」
幽鬼はこくんとうなずく。
「お前、マゾなのか」
ほんの少しからかいを含んだ言葉に、今度は首を振った。
「そうじゃなくて…あの…専務になら…」
「ふふ、わかってる…それがお前の望みなら、堪えた褒美に叶えてやらねばな」
幽鬼の髪を軽くつかんで顔を上向かせ、やや乱暴に唇を重ねてきた。
さっきまで飲んでいた酒と葉巻の香りが混じって、幽鬼の口内に流れ込んでくる。
カワラザキとの初めてのキス……幽鬼は自分からカワラザキにしがみついた。
長い長い口づけのあと、カワラザキは幽鬼の着ていた浴衣の帯をしゅると解き、幽鬼の両手を後ろで縛り上げた。
「あ…っ」
そんなにきつくはないが、縛られるなど初めての行為に幽鬼の肌が赤く染まる。
下着を引き下ろされ、太い指が尻を割って孔に触れた。
「ふむ…しばらく挿れてなかったら、生娘のように閉じてしまったな…自分ではしなかったのか」
「は…い」
「なぜだ」
少しためらってから幽鬼は素直に話した。
「なにか挿れると…あの人を思い出してしまいそうで…それに、専務の大きさの物なんて…」
そこまで言って恥ずかしそうに押し黙ってしまう…カワラザキは満足げにうなずいた。
「お前は本当に儂の喜ばせ方を知っているな。それなら…まずはもう一度馴染むように拡げてやるか」
カワラザキは幽鬼には持たせなかったほうの小さなカバンを引き寄せ開いた。
そこに入っているものが、自分にどんな恥辱と快感と痛みを与えてくれるのか…そう考えただけで幽鬼の男根が勃起し始めた。