第7話
柔らかで豪奢なベッドはそれだけで眠りに落ちてしまいそうになる。
そのマットレスに幽鬼を押し倒したセルバンテスは、頭を優しく抱き寄せて唇を重ねてきた。
「ん…っ」
キスなんてカワラザキとだってしたことはない。
なんだか最後まで守っていたものを壊されたようで、幽鬼は自分が女の子みたいだと思った。
そうしている間にも、セルバンテスの指は幽鬼の孔を弄ってくる。
「ふふ、少しは解れたみたいだけど…私のペニスを挿れるには、まだ窮屈かもしれないな」
幽鬼が洗浄している間に用意したらしい、少し太めの玩具…それでもカワラザキのサイズには及ばない…を取り出してきた。
「とびきり上等の香油だ。滑りも効能も最高だよ」
小さな瓶のふたを開け、中の香油を玩具に垂らす。
幽鬼の両足を大きく開かせ、露わになった孔へ玩具の先端を押し当てた。
「あ…っ…あーっ」
浣腸で緩んだ孔が窄まろうとするのを、再びこじ開けられていく感覚…実際、前立腺を刺激されることが快感なのか、それとも窮屈な孔をいっぱいに拡げられるのが快感なのか、よくわからない。
ただ、今まではそれがカワラザキだったからこそ平気だったのかもしれない。
そしてカワラザキの手で慣らされてしまったばかりに、今もこうして好意を持っているわけではない相手にも快感の声を上げている。
「遠慮せず声を出していいんだよ…おや、勃ってきたね。玩具で十分に感じるよう躾けられたんだ」
幽鬼はこくんとうなずく。
できればさっさと挿入され、射精されて、情事を終わらせたかったが、セルバンテスの男根をねだるのは経験済みだと言っているような気がしてならなかった。
「その、切なそうな表情も見ていたいが…そろそろ本物をあげないとね」
玩具が抜かれ、男根が押し当てられると幽鬼は目を閉じる。
「怖いのかな？大丈夫だよ、静かに入れていくからね」
あまり硬さを持たない男根が入ってくる感覚は、なんとも言えず奇妙なものだった。
なにか生き物が入ってくるような気持ち悪さを堪える。
「や…あ…ああっ」
「もっとよく顔を見せて…ああ、いい声で泣くねえ…ほら、もっと喘いでごらん」
「あ…ん…っ、こん…な…おっき…い…」
眉根を寄せ、うっすらと涙まで浮かべて…いったいどこでこんな『演技』を覚えたのかと、自分でも不思議に思う。
「可愛いことを…玩具で慣らされたとはいえ、いい締め付け具合だよ」
「あっ…いい…いいっ…」
たとえそれが本物の男根であっても、玩具だったとしても、身体は正直に反応した。
わざと大袈裟な声を上げ演技をしていたが、やはり刺激されれば勃起し、上り詰めようとする。
一瞬、我を忘れて射精したが、ほぼ同時にセルバンテスの精液が腸内に流れ込んできたときには、反射的にセルバンテスの肩をつかんで押し返そうとした。
しかしセルバンテスはそれすら、幽鬼が自分の与える快感に酔っているものと思い込んでいる。
…これでセルバンテスは満足したはずだ。これで解放される…そう思っていた幽鬼の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。
「さあ、今度は後ろからだ…さっきより奥に入るからね…少しきついかもしれないよ」
腰をつかんでひっくり返され、幽鬼の身体が震えた。
「部屋はリザーブしてあるんだ。なんだったら泊まっていってもいいんだよ」
余韻に浸るセルバンテスをベッドに残し、軽くシャワーを浴びて急ぎ身支度を整えた幽鬼は、その申し出を丁重に笑顔で断わり部屋を出た。
ドアを閉めたとたん、一刻も早くこのおぞましい記憶の場所から逃げ出したくて、廊下を走りエレベーターに飛び乗った。
ホテルの玄関を出てすぐタクシーを拾い、自宅まで一気に戻ってきた。
洗面所に飛び込んで、嫌というほど口を漱ぎ、バスルームでもう一度念入りに…特にセルバンテスに触れられた場所と腸内を…洗い直す。
全身が真っ赤になるほどこすり、シャワーで洗い流して鏡を見たら、胸や首にセルバンテスのつけた鬱血の痕が残っていた。
「…消えない…消えない…っ」
涙が浮かんできて、泣きながら鬱血の痕をこするが消えるはずはない。
「う…あああ…」
情けなくも嗚咽を漏らしながらその場に座り込んでしまった。
もしも今、この場にカワラザキがいて慰めてくれたら…いや、カワラザキにこんな穢れた姿を見せられるはずがない。
「いやだ…いやだ…」
あふれる涙の止め方もわからなかった。